お前らは何もわかってない

先週腰を痛めてから出歩くことが減り、日中寝てばかりいるのでその分夜に全く寝られなくなった。毎晩朝3時ごろまで寝返りを打ち続けている。

接骨院に通い調子がよくなってきたが、急にテニスをするのは怖いので今日は早起きをして街をたくさん歩くことにした。早起きをしてたくさん歩けば疲れて早く寝られるという計画だ。

9時前に起床して朝食を食べ、部屋の掃除をした。

その後前から行こうと思っていたピーター・ドイグ展を見に行こうと思い竹橋の国立近代美術館へ。チケットは大学がメンバーシップに入っていたので割引がきいた。それでも900円。高いなーと思ったが、世界的なアーティストで日本初の個展ということで仕方がないかと思い入場。

結果を言うと、ピーター・ドイグの作品は正直全くピンとこなかった。迫力はあるし、フォトジェニックだし(みんながパシャパシャ写真を撮っていて興醒めしたのかもしれない)、いいなと思う絵も数枚あったけど、基本的に全く心が動かされなかった。なんで何も感じないんだろうということをずっと考えながら絵を見ていた。

考えた結果、僕はこのピーター・ドイグという人物に全くと言っていいほど興味がないということがわかった。それは絵以前の問題だ。僕は作品自体よりも、作家自身に興味がある。その作家のことがもっと知りたいから作品を見る。残念ながらピーター・ドイグという人には僕を引きつける人間性がなかった。多分15分も美術館にいなかったと思う。最後の方はお昼に何を食べようか考えていた。お金がもったいないが、こういうこともある。

美術館を出て、丸の内のビル群が生み出す猛烈なビル風と雨のなか東京駅まで歩き、駅前の薫玉堂で夏っぽいお香を買った。

その後有楽町まで歩き、ジャポネで昼食。有楽町はサラリーマンで溢れていて、ジャポネはコロナ対策が全くなされておらず、東京の感染を広げているのは夜の街ではなくて、サラリーマンたちだろうと思った。夜の街を利用するのもこの人たちなわけだし。

山手線に乗り渋谷へ。青山ブックセンターで本を探す。

どうしても見つからない本があったので店員に聞くと、その店員も見つけられず、最終的には店長のYさん颯爽と現れて見つけてくれた。その時Yさんが履いていたリーボックの黒いスニーカーが印象に残った。

本を購入し外に出ると自分がとても疲れていることに気がついた。こんなに動くのは久しぶりだし、外の湿度は驚異の80%超え。歩き始めるとフラフラする、そしてそのまま目にとまったコメダに入ってしまった。ここから全てがおかしくなる。

席について一息ついてメニューを見ると、ここは普通のコメダではないことに気がついた。飲み物が普通のコメダよりも数百円高い。アイスコーヒーが700円もする。確かに周りを見渡すと上品な木の内装で、客もビジネス関係の人ばかり。ほとんどの客がパソコンを開いている。

ここで僕はこのコメダノマドワーカー専用のコメダだということに気がついた。ノマドワーカーは何時間もカフェで仕事をする。そして渋谷にいるノマドワーカーはその環境のためなら700円のアイスコーヒーでも平気で払う。というわけでコメダも商品の値段を吊り上げる。そういう理屈だと理解した。

これは休憩のために立ち寄った人にとっては非常に迷惑な話で、例えば休むために休憩と書いてあるホテルに入ったらラブホだったとか、風呂だと思って入ったらそこはソープランドで入浴料が1万円だったとか、映画をみようと思って映画館に入ったらそこがハッテン場だったとか、銭湯でくつろごうと思って入ったらそこもハッテン場だったとか、そういうのと同じことだろう。知らんけど。まあとりあえずくそムカついた。

アイスコーヒーの700円を渋々支払い、もう少し歩こうということで原宿の方に向かった。最近新しい靴を探しているのもあり、歩いている人の履いている靴を観察しながら原宿の方に向かって歩いた。

途中バスを待っている男性の靴にふと目が行き、見るとそれはさっきYさんが履いていた黒のリーボックのスニーカーだった。奇遇だな、と思って目をあげるとなんとそれはYさん本人だった。まさか書店からまあまあ離れたバス停に立っているとは、本当に驚いた。ちなみに青山ブックセンターではバイト先の常連さんを見かけることがたまにある。今日はとても珍しい、いつもパックのアイスコーヒーを二本買っていく印象的な男性を見かけて嬉しくなった。

原宿に来たのだから靴でも見ていこうと思い、駅前のナイキに入る。コロナ対策で従業員が少ないので自分でアプリで在庫を確認する。試着をリクエストすると店員が持ってきてくれて終わったら言ってくださいと言って立ち去る。靴紐を結ばれる時のあの気まずい時間や、合わなかった時に断る後ろめたさがなくて非常に快適だった。こういうシステムはコロナの後も残って欲しい。

ナイキの靴はデザインがかっこいいのだけどどうも履き心地が好きになれない。ということですぐに出て、せっかくだからあのリーボックのスニーカーを探そうと思い、リーボックの直営店へ。

もうこの時点で僕は渋谷原宿表参道に発生する購買欲の渦に巻き込まれていて、意識が朦朧とする中リーボックを探して街を彷徨っていた。多分軽い熱中症だったと思う。

リーボックを見つけて店内に入ると、暇を持て余したお洒落な店員たちが「こんにちは!」といい、僕は喉をつまらせながら「こんにちは…」と言った。そのうちの一人が「何かお探しですか?」と言ってきたので「特にこれと言ったものはないんですが」といい店内を見て回った。気になっていた黒のスニーカーは見当たらなかった。

気になったものを二足選び、試着させてもらうことになった。今回は靴を履かせてもらうスタイルだ。なぜなら彼らは暇だから。靴紐を結ばれる気まずい時間。試着をして鏡の前に立つ。そして体をひねって後ろを見る。そしてそこには最悪な現実があった。

僕は黒いTシャツを着ていた。そして鏡に移ったTシャツの背中はいわゆる「塩吹き黒Tシャツ」になっていた。一日中歩き回りかいた大汗の塩が、背中一面についていた。穴があったら入りたいとはこのことで、なぜならお洒落店員たちは僕が壁の靴を見ている時に背後で僕を見ていたわけだし、多分みんなで目を見合わせて笑いを堪えていたはずだ。僕はできるだけ動揺を隠し、速やかに靴を脱ぎ、試着時の切り札「考えまーす」を使い外に出た。

さて、外に出たはいいがそこは原宿である。街はお洒落な人間で溢れている。そこをどのようにして誰にも背中を見せず歩き切り帰宅するか。最初はちらちら後ろを気にしていたが、途中で全てがどうでも良くなり「クソ、もうしらねー!俺は塩吹き黒Tシャツを着たキモい人間だ!だからなんだ!クソ、お洒落人間共、見ろ、この背中の塩を!お前らの馬鹿げたお洒落欲に囚われた精神を清めてやる!」と心の中で叫びながら表参道の道の真ん中を堂々と歩いていた。

それでも駅にいく気力はなく、表参道のバス停に向かう。しかしバス停で時刻表を見ると次のバスまで30分もある。クソ。舌打ちをして裏道に入り、適当な石段に座っていると、向かいから黒いレトリバーをつれたじじいが歩いてきた。表参道で犬の散歩ですか、馬鹿ですね、と心の中で言っていると、そのレトリバーが突然歩く方向を変え、僕の目の前にやってくると、なんとそこでウンコをし始めたのである。犬はわざわざ僕の方をむいていわゆるウンコのポーズをとると、ゆっくり時間をかけて二本のウンコを地面に落とした。飼い主のじじいは無言でその僕の目の前に転がるウンコを拾い、立ち去った。

僕はこれまでの人生ずっと完全な犬派として生きてきた。しかし今日僕は犬という生き物に初めて最大級の憎しみを覚えた。僕はあの犬を許さないし、これからは犬を見ても絶対に笑わない。というかなんだあの生き物は。飼い主にこびを売り、野性を失い、ペットに成り下がった生き物。食欲と性欲だけで生きている醜い生き物。僕はもう犬を信じない。絶対に信じない。

バスに乗り、自宅に帰り、この文章を書いている。今日は朝早起きしてから一度も寝ていないから早く寝れるだろう。その点で今日の目標は達成した。

今日の教訓は、渋谷周辺には安易に近づかないこと。あそこには渦が生じている。スクランブル交差点は渦の中心だ。

そして犬は絶対に信じないこと。あいつらは弱った人間の前に来てウンコをする生き物なのだ。